リックメソッドは、データ収集と研究、実践と修正の繰り返しの中から生まれました。ゆえに、リックメソッドの理念とは、当初から設定されていたものではなく、また、終わることのない、研究者・実践者の試行錯誤の中にこそ存在し続けます。
あえて理念をまとめ上げる作業は困難でありますが、より多くの研究者と実践者、また対象に伝えるために、理念を設定するという作業に挑戦する必要があります。そして、リックメソッドが社会的活動として果たすべき役割を再確認することが重要であります。
さて、終わりのない事柄にも、必ず始まりがあります。リックメソッドが生まれた過程に焦点を当てることで、そもそも一体何のためにそれが生まれてきたのか、その過程の中に、当時の研究者・実践者の意志が垣間見えるはずであります。
私が岡全巨氏(リック)と行動を共にするようになった頃というのは、まさに、リックメソッドの成立過程の時期でありました。ACRO整骨院の塩見氏の紹介でリックと出会った私は、アクロ体操一般クラスの中でストレッチのアジャストを始めました。その頃のストレッチは、こだわりの片鱗は見えつつも、今と比べるとまだまだ簡素なものでした。NPO法人ACROを設立し、アクロ体操を日本に普及する、日本代表選手を海外の選手権に出場させる、という目標を掲げて様々な施策をスタートさせたのもこの時期でした。また同時にリックは、アクロ体操はもとより、その他の体操やヨガ,バレエ,ハンドバランス,ムーブメントのフロー,ダンス,様々なジャンルから役に立つものを取り入れ無駄なものを削ぎ落とす、という作業を始めました。
その頃の目的は、アウターマッスルに頼り過ぎずインナーマッスルを操り人間の身体の潜在能力をなるべく引き出すこと、なめらかな運動を促すフローをまとめること、そしてその中で怪我のリスクをできるだけ排除することでした。その目的達成のために、情報収集と試行錯誤、実践と修正を繰り返しながら創られたものが、リックメソッドです。
しかし、リックメソッドには限界があります。どれほど実践と修正を繰り返しメソッドをまとめあげることが出来たとしても、対象が人間である以上、全ての人に、いつでもどこども全く同じ方法でアプローチが可能であるか、というと答えはNoであります。人種、性別、年齢、遺伝的要因、その日の体調、その人が専攻するもの、生活習慣、筋肉の張り、そのために運動が制限されてしまっている部位等、全て異なるためです。
リックメソッドが出来ることは、対象を理解しようとすることです。対象に寄り添いその人のそばに足場を移す、閉じられた関係性の中で、非一般的で主観的な観点から、何とかより良いものを共同して構築する、それがリックメソッドが出来ることであります。
例えて言うと、リックメソッドは、まさにパーソナルレッスンと似ています。参加者が求める課題をピンポイントで発見して理解し、その解決法を提供することが出来る点です。ただし、当然でありますが、前提条件として実践者が、対象に寄り添い尊重するというリックメソッドの基本姿勢を保持している場合に限ります。
限定された範囲内において対象と共同でより良いものを生成する構築主義がリックメソッドであるならば、それをより一般化することは可能であるのか。より客観的な方法を確立し、限定されない範囲で一般化し得るのか。
例えば、実践者が同時に複数の対象と短時間で接するシチュエーションを想像します。リックメソッドは重要な目的を達成するために創られたものですが、その大部分は、客観的に覗き見ると、単なるストレッチの集合体に見えるかもしれません。実践者と対象が寄り添うタイミングが少なくなってしまったリックメソッドは、フィットネスクラブのヨガのレッスンと同じに見えるでしょう。しかしこれまで述べた通り、リックメソッドを単なるストレッチの集合体と考えることは非常に形式的で表面的であります。
また、リックメソッドを細かく分割することは、目的の達成を阻害します。もしかすると身体機能に不具合を起こしかねません。なぜなら、リックメソッドにおいては、実践者が対象をアジャストするという共同作業によって適切な循環が作り出されるためです。そのためにリックメソッドには正しい順番がある、ということは実践者の既に知るところであります。
大切なことは、構築主義と客観主義、どちらも排除することなく、一方に与することなく、両者を統合する枠組み、限定的な一般化にチャレンジすることであります。限定的な一般化は、データ収集と研究の分析の結果、提示される知識だけで可能となるのではありません。研究する人間が対象を通して実践し続けるという第一の条件設定と、対象が研究者・実践者の視点とシンクロし、共同で構築したものを現実場面において活用するという第二の条件設定の組み合わせによって成立します。このことが非常に重要なポイントとなるのです。
ここまで来れば、リックメソッドが社会にとって有益な活動を継続していくためにはどうすれば良いのか、という戦略が見えてきます。まず第一に大切なことは、膨大なデータが簡単に手に入り知識の流入が加速する現代において、社会に有用なもののみを収集・研究し研究成果を公開して実践すること。第二に、それらを一般化するという無理難題を克服する研究的立場を忘れないこと。最後に、リックメソッドを通過した人が現実場面で学んだことを活用する際のフォローをすることであります。リックメソッドの実践者は、人間のサービス領域において、この三つの戦略を一体のものとして課題設定することを使命とする必要があります。そこから生まれるものの中に、リックメソッドが飛躍する大きな可能性が秘められているのではないかと思うのであります。
(文責 林雅之)
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